2019年8月18日 (日)

地位、肩書、お金。

地位や肩書、お金。友人関係、社会関係、いずれにしても地位、肩書、お金がないとやはりなめられる。

私がある程度の肩書やお金のある者ならば、こんな態度はとるまいと思われることがよくある。

これは、歳を取るごとに強く感じる。

人の人情として、金持ちや地位のある者には親しくしてもらいたいと思うのは当然であるが、友と思っていた者たちが遠のいていくのは寂しいものである。

結局残った親しい者たちは、横並びの地位や肩書の者たちだ。

つい数年前まで親しくしていた友も、大会社の顧問や金持ちと遊んでいるようだ。

そんな者は、最初から友ではないのではと言われるかもしれないが、数十年の付き合いがあるので友ではある。

ただ、遊んだり、付き合うのは、やはりそちらのほうが場所も全てのステータスが上なので、楽しいだろう。

それは、私もそうなのだから、仕方ない。

仮に、私が大会社の経営者ならば、黙っていても向こうから連絡があるだろう。

やはり、分相応というのがあるが横並びの付き合いが残るのだろう。

「この野郎、馬鹿にするなよ」と言いたいところだが、それが人情、仕方あるまい。

寂しいことだが、まわりの仲間を大切にして、それなりの生き方をしていこう。

私は不器用な男なので、今まで通りの生き方しか出来ない。

諸行無常、有無同然。

 

 

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2019年8月 4日 (日)

とうとう盗人猛々しいと言われて。

一国の代表者が、日本を盗人と公の場で言った。

日本はまだ何の暴言も言わず、ただ現状の改善を求めているだけだ。

まるでこの国の北にいる人が言っている言葉と勘違いするくらいだ。

何をどうしようが、日本が悪いの一点張りで、自分を改めようという気は無さそうだ。

これではどうしようもない。

日本は、もうこの国から、全ての経済活動を退ける時期が来たのかも知れない。

おそらく、この国は何をしても気に入らないだろう。

土下座をして、頭を下げ、ご機嫌を永遠にとり続けなければ、この国は満足しないだろう。

盗人呼ばわりされて、何も出来ないようでは、流石に日本人の誇りが許さないだろう。

争いは出来ないから、静かに隣国から撤退するしかないだろう。

馬鹿にされるにも限界はある。

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2019年7月15日 (月)

困った隣国

前にも書いたが、本当に困った隣国である。

いったいどうしたいのだろうか?

日本は、何を言っても怒らない、怒ることは生意気だ。

何か勘違いをしているようだ。

この国のマスコミは、あんな報道をしてまともだと思うのだろうか。

この国を刺激すればする程、政治家やマスコミの低さを感じる。

国民の大多数はこうでは無いと思うが、これでは国民も可哀そうだ。

 

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2019年6月 6日 (木)

程度が低すぎる辻何とかという議員。

この議員の言動を取り上げるマスコミの程度も問題だが、この議員の発言は程度が低すぎて唖然としてしまう。

小学生でも言える、反対意見で、国をどうすれば良くなるのか具体的意見がまるで無く、稚拙なことしか言わない。

政治の批判内容が、表面的でまるで国民を馬鹿にしている様な、程度の低さで、これが国会議員だと思うと情けなくなる。

私は知名度がないので議員にはなれないが、こんな議員を見ていると、自分が立候補したくなってくる。

国会議員の方には、もう少ししっかりして欲しいものである。

 

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2019年4月27日 (土)

日本が嫌いらしい新聞社

ある新聞の一面に、天皇家の騒ぎをはやし立てる記事を書いている。

何が目的なのだろうか。

日本がもめた方が、嬉しいのだろうか。

どうもここの新聞社は、隣国の味方をしたり、編集者は他国の者かと疑いたくなる。

これだけ成熟してきた国である、そろそろ現実的な建設的な新聞社になつては如何と思う。

同じ日本人として,寂しい気持ちになる。

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2019年4月25日 (木)

多田公煕さんお別れ会

私の良き話し相手の多田さんが亡くなった。95歳である。

戦中派の話し相手が亡くなることはとても寂しいことだ。

戦争を体験した人は、戦時において本当に命を賭した生き方をした経験があり、言葉に重みがあった。

戦後生まれの私が、いくら論議しようとも、命を懸けた生き方をした彼の言葉には信があり誠があった。これにはやはり勝てるはずない。

私は90歳過ぎた彼に、あえて死生観の話をした。

戦中派の彼は、多くの方がそうであるように、死んで逝った戦友に対して生き残った自分という気持ちを持たれていた。

だから、死は怖くはないが、少しでも長く生きて、日々新しく変わっていく世のなかを見ていたいと言っていた。

それと、多田さんに、自然の多いい我が団地を散歩中に、最近、時々道端に咲く花や木々に一体感を感じる時があるんですよ、と言うと。

多田さんが、僕は感じることが普通に多いいいよとのことで。

私は、多田さん、私は、まだまだですねと、兜を脱いだ。

多田さんは、前記したように戦友のことを気にかけておられ、太平洋の慰霊参りに行きたいと言われていたが、それは十年近く前に行かれていた。

ただ、ハワイの天文台へ行く夢は、高齢のためかなわぬ夢になった。

私と多田さんと最後に会ったのは、暮れの大みそか31日である。

私はこの十数年、餅をついて多田さんに持っていくのを恒例にしていた。

その日も、ホームへ餅を持っていくと、すまんねと言って、何も返せんなあと気遣って言われていたが、

多田さんには世話になっとるし、歳の離れた友達だからと、笑って答えた。

多田さん、何かしとる?と聞くと、

おお、俳句を毎日作るようにしとると、答えていました。

多田さん、小さな手、結んで歩けば、道楽し。これ、私が昔作ったじゃけどどう?と聞くと。

いつもの様に、聞き上手、ほめ上手の多田さんの褒め言葉が返ってきた。

お別れの会には、広島の財界、他県からの要人達が沢山集まっていました。

偏に多田さんの人望でしょう。

その内、私もそちらに行くので、その時はまた良き話相手になって下さい。

ご冥福を祈ります。吉藤 正樹

 

 

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2019年3月14日 (木)

96歳の友人

私の心の友である高齢の友人が亡くなった。

彼は大会社の社長を務めた人だった。
彼とは死のことや、政治、宗教、いろいろ本音で話せた少ない友人だった。
あの世で、待っていてください、またいろいろ話しましょう。
さようなら。K,T様。

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2019年3月11日 (月)

困った隣国

日本人は我慢強い。

あれだけ馬鹿にされても、まだ拳を上げた手を下していない。
しかし、もう限界が近づいている。
このまま放っていたら、何をしても良いと勘違いされてしまう。
如いては、他国も日本は、何をしてもこんなものだと勘違いしてしまう。
もう、日本は凛として行動に移さねばいけない。

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2019年3月 8日 (金)

野党の戯言

国会で日本は景気が悪いと、平気で言っている。

数年前からみると、株価は倍以上になっているし、求人も足りない状況が続いている。
あの就職難が嘘みたいである。
ボーナスが出るかどうかと言っていた、民主党政権時代をマスコミも、野党も忘れたのだろうか?
野党が言うのは、仕方ないと思うが、マスコミ諸君らの発言は、どう考えても稚拙である。
困ったものです。

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2019年1月 4日 (金)

困った隣国2

一体どうしたいのだろう?

日本と喧嘩したいのだろうか。
それならば、はっきりすべきである。
日本と決別したいのなら、そう言うべきである。
中途半端にされては、日本の態度が決めにくい。
仲良くしたいのか、喧嘩したいのか良くわからない。
ただ、今、日本の人々もさすがに怒りはじめているのは間違いない。
もうそろそろ、態度をはっきりしないと、我慢強い日本人も、結論を出さなければいけなくなるだろう。

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