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2006年5月 6日 (土)

無実の男

患者にとって癌告知は、死の告知に近いものであるが、癌患者の場合は、手術の度に体を切り刻まれても、その苦しみに耐えれば、命が助かる望みがない訳でもない。しかし、死刑判決の再審を却下され、死刑の確定した古本義雄にとって残された命は、時の法務大臣の気分で押される判次第であった。
野生の動物を捕らえて、先ず問題になるのが餌付けである。この問題は、生物が高等になるほどに多く発生する。また、同じ種類の動物であっても、固体によっても順応する固体と、順応出来ず死んでいく個体に分かれる。
環境に順応するということは生命体の本能なのだが、その最も基本的な食物を摂取する行為を拒み、死を選択する命は、はたして哀れというのだろうか。それとも、誇り高き死なのだろうか。
 
寒さで震えが止まらない。
古本は薄汚れた煎餅布団にくるまり震えていた。
極寒の刑務所の寒さは、古本の潜在的な生存本能を目覚めさせた。
拘置所等では、判決の結果に失望し、絶食を繰り返す日々が続き、体が痩せ衰えながらも、看守に逆らい食物に手を出そうとはしなかったが、ここでは自分の肉体がそれを許さなかった。
古本の体の震えが止まった。人の動く気配を感じたのだ。
刑務所の有線放送が、起床合図の短いチャイムを鳴らした。
看守の足音が遠く小さく聞こえてきた。鉄格子の開く金属音が、静かな監房の中に響いた。
「これより、三号棟の起床点呼を行う」
三号棟の囚人は全て死刑囚であった。十二ある監房は独房である。入り口の方から1号房、通路を隔てて反対側が二号房となり、同じ様に通路を隔てて六対の房が並んでいた。
十二ある房には、五人の死刑囚が収監されていた。古本は八号房である。
古本は起き上がり、布団を規定通り畳むと、指定された場所で起立し、看守の来るのを待った。
看守は1号房から点呼を始め、やがて八号房の鉄格子の入った窓枠のついた扉の前に立ち止まった。
「八号」
「はい」
「異常はないか」
「はい。ありません」
古本がそう答えると、看守は扉の窓枠に顔を寄せ、四畳ばかりの房を覗きこんだ。
「よし、八号以上無し」
点呼が終われば朝食である。点呼が終わると、古本の肉体は、本能的に食物を受け入れる反応をおこし始め、生唾が込み上げて来た。

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2006年5月 5日 (金)

無実の男

生きるという事は、死を考える事である。
ある人は、日々精一杯生きようという。それは、何時どんな時に死んだとしても悔いを残さない為だと。ではもし永遠の命を与えられたとしたら、人はどう生きればいいのだろうか。
生とは無限の中には無く、有限の中の一瞬の輝きの中にあるのかもしれない。
死の告知とは、この世に生を受けた生き物の宿命なのだが、人は何故だか素直にその言葉を受け入れたがらない。

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2006年5月 4日 (木)

ポエム

連休は、珍しく晴天が続きました。私は仕事ですが
しかし、最近の天気は、明らかにおかしいですね。
そのおかしい原因は、みんな分かっているのですが、なかなか止めらねないですね。
人間の贅沢が原因、人類の増えすぎが原因ですが、経済という魔物に虜になってなかなか逃げ切れない。
私が一番危惧するのは、手遅れです。
何の病気でも早期発見、早期治療ですが、早期発見されても、人間さんは、経済という欲の塊に正気を失っている様ですね。
手遅れにならなければいいのですが。

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