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2011年4月25日 (月)

東日本大震災後の経済

地震と津波は人知の越えた規模でおき、多大の被害が発生した。

災難とは、一瞬のうちに人生を打ちのめしてしまう。

神も仏も有るものかというが、被災された方に何の落ち度など有るはずもなく、本当にお見舞い申し上げる。

過去はもうどうしょうもないが、未来は変えられる。

現代社会では、精神面も大切だが、先ずは金である。

経済学者が色々推測しているが、私は経済は良くなるのではないかと思う。

それは、世の中は一瞬先は分からない事がよく分かったからである。

日本人は、特に壮年層の者は将来のためにと少し過剰に貯蓄をするのだが、人生いつ何が起こるか分からないと考えると、今の内に金を使おうとする心理が深層心理に働いてくるように思える。

日本の経済学者や企業家はそのマインドに乗って商売を考えれば、大い経済が活性化すると思われる。

兎にも角にも、早い復興を望みたいものだ。

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2011年4月17日 (日)

清貧

清貧と言う言葉がある。

貧しくても潔白に生きると言うことである。

現在の日本人に思い出して欲しい言葉だ。

金を儲けることがが生きる事の一番の大事で、金持ちイクオール偉い人、立派な人、力のある人。

これでは、世の中が良くなる訳ない。

またテレビに出るタレントが、政治まで司る。

政治家がつまらないこともあるが、お笑いや、クラリオンガールが大臣をする日本国は、どうなるのだろうか。

政治を司る人間が、一時の人気取りに迎合してしまう。

正しいことを、澄んだ心で行って欲しい。

どんなに、ぼろを纏っていても、綺麗に洗濯したものを着て、志を曲げることなく、信念を持って生きる。

そんな人を立派な人と言える世の中にしたいものである。

すこし前まで淫行で訴えられた人間を、知事や政治家にしなければならないほど、人材に困る日本をどうすれば立ち直らせる事が出来るのか。

清貧と言うこの言葉を、心に刻みたいものである。

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2011年4月 7日 (木)

生きる真理

生きることとは何であろうか。

難しい問いである。

物欲には限度が無く、何れ年老い死んでいく身であり、如何なる栄華を極めた始皇帝であっても、今はただの塵である。

生きる事とは、生きる理由とは物を築き上げる事ではなく、精神を創り上げることである。

精神を創る事とは、自分が宇宙と一体であることを理解することである。

しかし、宇宙と一体に心底思えるのが、簡単には出来ないのである。

もし出来たとすれば、

そこには、自分と言う自我が無くなり、

自分と他の境が無くなり、他人も無く、地面もなく、空も無く、如何なる生き物との境も無くなり、宇宙の全ての現象が、自分と一体になるのである。

宇宙全体と一体になると、そこには変化はあっても生も死もなく、時間も宇宙と一体になるのである。

宇宙は無限大の大きさであり、宇宙は自分自身の大きさでもあるのである。

自分が宇宙と一体に成った時、そこには恐怖もなく怒りもない安らかな心、宇宙心が創られるのである。

しかし、これがなかなか難しい課題である。

空に向かい手を広げ、宇宙を我が心に抱く。

諸君、頑張ってみたまえ。

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2011年4月 3日 (日)

クジラと環境童話

半年前クジラの童話を50ページ足らず書いた。

話の中では、捕鯨、宇宙船との遭遇、人との友情を題材にしていた。

今、新しくまたクジラを題材に少年とクジラの友情の物語を書いている。

ザトウクジラをモデルに色々調べていると、このクジラたちはかなり賢い生き物だと知らされる。

小さな子供が、最初に話す言葉は、単体の言葉で、例えばママとかウマウマの様な言葉だが、少し時が経てば言葉が繋がり、ウマウマ美味しいと言う様な思考の言葉になる。

ザトウクジラの発する長い言葉の歌には、彼らが思考していると推測出来る。

彼らの歌う、詩を人間の言葉に出来れば、素晴らしい環境童話が出来るかも知れない。

現代社会に生活する我々はもう忘れてしまったが、自然の中で共存し共生する生き方は本来地球上に生きる自分にも備わっているはずである。

本当にどっぷりと浸かった自然との共存共生とは如何なる生き方か、知りたいものである。

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