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2011年9月28日 (水)

クジラの童話

私事だが、クジラの童話が出来た。

104ページの作品である。

今回はまさに寝る間を惜しんで書いた。

他にも色々することがあり、どうしても睡眠を削るしか時間がなかったせいもあるが、単に歳を取り睡眠時間が短いせいでもあった。

今回はキャラクターとか考え、小学生に理解できるための文章を書くことに苦労した。

漢字の熟語が書けず、漢字を解いて書かなければならないのだ。

まあ、それなりに命を削って書いたつもりで、それなりに満足している。

他人の評価はどうでも良くないが、この歳になるともう、殆ど諦めの境地になっているので、淡々と書くことに意を決している。

まあ、運が良ければ多少の評価が有るかも知れない。

今度は、短い童話を、淡々と書こう。

季節も良い。そうそう、ぼちぼち、牡蠣の季節。牡蠣フライを食べられる。

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2011年9月23日 (金)

真の無欲

真の無欲とは、出来そうで出来ないものである。

しかし、これが出来れば心は安らぎ幸せになれる。

無欲とは、なるがままに全てを受け入れる心である。

無欲で有れば、多くを欲しがらず、死さえも安らかに受けいられるのである。

また、俗に言う運さえも、味方する様に思える。

無から始まり、無に戻るという事は、みんな知っているのだが、欲を捨てることは難しい。

欲をこえても、何も残らず、何も持たずにあの世とやらにいくのだが、どうしても欲を捨てきれない。

全てを捨て去れば、幸せになると予想するのだが、なかなか難しい。

凡夫である自分だが、も一つ、無欲を目指そう。

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2011年9月18日 (日)

総理大臣になつたアンパンマン

アンパンマンによく似た人が総理大臣になつた。

言うこともいちいち子供じみて、正直なところがアンパンマンの様で馴染めない。

正直は結構なことだ、しかし、一国のトップが、子供じみた事を言ってはならない。

国を治めるものは、正直で無くても良いのだ。

国のトップは、国益に為には、嘘をつこうが、人を殺そうが、国の為になりさいすれば、いずれ、時が経てば、良いことになるのだ。

目先のことばかり言い、まったく国のビジョンが聞こえてこない。

良いことを言うのは誰でも出来る、

野田は演説が上手いと言うことだが、あくまで、首相は現実路線でいって欲しい。

国難と言う言葉が合う現在の日本、管の様に戯言はいいから、早く青写真を見せて欲しいものだ。

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2011年9月11日 (日)

夏の終わりに

散歩をしていると、今の時期には道ばたに、蝉や、バッタの死骸が落ちている。

死骸の周りには、蟻が群がりせっせとそれを巣に運んでいる。

輪廻転生、一つの死が、一つの生を産むのだ。

となると、私は多分死ぬと、火葬されるのだが、これは他の生物の為にならないのだろうか。

いや、焼けば、二酸化炭素になり、光合成の成分になり、植物の何某らになるから、決して無駄にはならないか、などと思った。

とにかく、私は、60兆個の細胞の親分なのだから、頑張って長生きしよう。

夏ももう少しで終わる。

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2011年9月 6日 (火)

美味いものと幸福感

最近あまり美味いものが無いとよく他人が言う。

私の子供のころからすれば、世の中ご馳走だらけである。

美味しいものを食べたければ簡単である。

一日でも食事を我慢すれば、おあそらく何を食べても美味い筈である。

もし二日我慢すれば、それはもっと美味しく感じる筈である。

人間は、当たり前に生活してると、美味しく思わなかったり、幸福に感じられないのだ。

だから、人間は、不幸なことがおきると、あの当たり前の生活がどんなに幸福だったのか気づくのだ。

だから、不幸になればなるほど、逆に幸せも感じられるのだ。

つまり、人間が幸せを感じるためには、不幸が必然になってくるのである。

矛盾しているが、その様に思える。

人生で沢山幸福感を味わいたければ、より不幸にならなくてないし、美味しいものが食べたければ、より飢えを知らなければならない。

人生ほどほどだと、ほどほどの幸福と、美味しいものが食べられるのだが、どちらが良いのか、考えものである。

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一日に死滅する3000億の細胞

人間の一日に死滅する細胞の数は3000億個だそうである。

前に書いた脳神経は120年の寿命で、あと考えられる生殖幹細胞とか一部の細胞を除いて、自分の体は60兆個の細胞であるから、計算すると、

そう、数ヶ月で自分の体は新品に入れ替わるのである。

又、面白いのは、この3000億個の細胞は、死滅すると即、マクロファージのような細胞に取り込まれ消えてなくなり、この巨大な60兆個の管理システムにより、同じ細胞が上手に再生し、見かけは同じ人間なのである。

一つ一つの性能もすごいが、どう管理しているのか、科学者にも分からないぐらいすごいものだ。

宇宙も限りなく広いが、このミクロの世界もすごい。

他の動物も、同じ様に細胞の入れ替わりが有るのだろうから、結局、自我とは、唯一不変の脳細胞なのかも知れない。

60兆個の細胞は、一体この私に何を望んでいるのだろうか。

子孫繁栄は勿論だが、人間はそれだけではすまない。

60兆個の総意となれば、日本国など比ではない、私は、60兆個の細胞の代表なのである。

当然頑張らないといけないですね。

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