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2012年8月28日 (火)

可愛い動物の赤ちゃん

動物の赤ちゃんは誰が見ても可愛い。

目がくるりと大きく、目、鼻、口が小さくまとまり、動作もぎこちなく、つい、ニッコリと微笑んでしまう。

これが、もし反対だったら大変である。

誰も赤ちゃんなど可愛がらず、子供は育たなくなり、その種はたちまち途絶えてしまう。

その為、赤ちゃんは可愛く出来ている様にDNAが組み込まれている。

自然の摂理とは、さすがに良くできたもので、60兆個の細胞で出来上がった人間の組織は巧みに全てに対応すべく創られている。

赤ちゃんがそうなら、人は死に至るときには、大怪我をしたとき、また自然に死に至るときに、脳内に快感物質が放出され死の恐怖を和らげる。

実によく出来上がっている。

私はよく環境問題を取り上げるのだが、本来地球上での許容容量を人間は超えていて、何らかの自然現象で去勢される量なのだが、科学の力でどうにか持ちこたえている。

だが、近年の異常気象もそうだが、私は、これはほんの小さな予兆であり、警告であり、おそらくこのまま放っておけば、今に大変な事が起きると思っている。

赤ちゃんが可愛いように、自然の原理は絶対変わらない。

人間は自然の原理に逆らわないように生きなければ、先は無い。

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2012年8月23日 (木)

戦争を引き起こす原理論者

原発は、何が何でも反対である。

電力会社は原発で儲けている。儲けるとは何事だ。

原発には百害あって一利無し。

運動が盛り上がれば、実力行使だ。

過去の歴史を振り返ると、必ず一部の先導者が意図的に働き、世論を誘導しひどい場合は革命、戦争までに至り、政治的に利用される。

人間は馬鹿ではない。その時代、その時に応じて判断し最良と思われる行動をしてきたのである。

原発も日本経済に最良と思われ今日まできたのである。

例え方向性を変えるとしても、急激な変化を求めたりする行為はとても危険である。

私も将来的には、より安全性のある他の電力供給を開発する必要性はあると思うが、現在社会に置いて、それに変わる手段はなかなかまだ難しい問題の様である。

原理論で言えば、完全で無い原発は悪だが、これを止めるには、大人の現実的な話し合いをしなければ解決はしない。

マスコミは原則原理論を訴える。それは日本の様に成熟していないデモクラシーの中では仕方ないかもしれない。

数年前の民主党ブームのように、国民がマスコミに踊らされないよう、また一部の先導者の催眠的誘導に乗せられないよう気をつけたいものである。

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2012年8月17日 (金)

国力と外交力

国力がないと、やはり国がなめられ言いたい放題を言われる。

韓国の大統領、中国、ロシア、言いたい放題である。

特に韓国は、日本を侮辱した発言をしている。

エリザベス女王が来るとき、謝罪をしてからなら来ても良いなど、心で思っていても公のマスメデイアの前で言うという事は、完全に馬鹿にされ侮辱されているのと同じである。

親善目的に来る、国の象徴である国王に向かって、なかなか言えるものではない。

尖閣列島にしても、戦前の日本では、先ず近寄っても来ないだろう。それは、間違いなく領海侵犯は、攻撃され射殺されてもしょうがなく、ましてや、これは戦争をするいんねんの様なもので、日本は受けてたち、全軍を尖閣列島に集結し連戦体制に入るだろう。

しかし、今日では、絶対に日本は臨戦体制に入らない、これは絶対と言い切れるほど、中国や韓国では確信している。

もし逆に、日本が中国の一部を同じ様にしたならば、おそらく当然銃撃し、文句あるなら何時でも相手になるよとくるだろう。

それは、アメリカ、ロシアでも同じであろう。

だがここに来て、隣国が揃って馬鹿にした態度をとるのかというと、やはり民主党のこの政府が馬鹿にされ、日本が馬鹿にされているのだろう。

小国でも、根性さえ見せれば、北朝鮮の様になかなか大国も攻めて行こうとはしない。

ある意味、北朝鮮の方が、強いのである、なめられてないのである。

日本の国力は、民主党に変わり地に落ちたのかもしれない。

中国の船が、アメリカ領土の侵犯など、おそらく怖くておこすことは無い。

だが先にも書いた様に、根性さえ、いざとなれば戦争もいとわないという気概あれば、中国も韓国もこうはしないだろう。

日本の人よ、自分の国は、我々で守ると言う気概だけは失わないようにしたいものである。

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2012年8月12日 (日)

盆と墓参り

超自然現象として、先祖の魂の存在を信じるか?

難しい問題だが、私は先祖、祖先、どちらでも良いが、家では毎日手を合わせ、死んだ両親などに日々の感謝や一日の健康を祈る。

私のDNAの基をたどれば、微生物まで行き着くが、そこまでは行かなくとも、先ずは墓にある祖先には手を合わせ祈る。

確かに動物は、少なくとも子供を守る、ある時には命さえ掛けて守る。

と言うことは、私は母に感謝し、母は祖母に感謝し、ひいては私は当然母親や父親に感謝し、その祖先に当然感謝しなければならない。

祖先崇拝は当然の事である。

私もこの墓のいずれかに収まるのだろうが、人生半ばを過ぎた現在でも、つまらない欲をなかなか捨てきれず、煩悩から抜けきれない。

しかし、墓場に行き、手を合わせて何某らを心の中で語ると、何故か心が浄化された様で、安らかな気持ちになれる。

日本人にはキリスト教の様な、懺悔の習慣がないから、墓参りがそれに相当するのかもしれない。

日本人の墓参り、わたしも15日には行く予定である。

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2012年8月 7日 (火)

原爆投下の日

8月6日は世界で最初に原爆が落とされた日だ。

原爆で被害者が多く出たのは、一番の原因は、原爆の落とされる前、米軍の偵察機が当日の7時くらいに広島に飛来し、空襲警報が鳴り、その警報が解除され、市民の殆どが普通の生活をしていた為である。

だから、ある者は出勤中に、また動くちんちん電車の中で、とにかく人々は風角生活をしている所へ、無警戒な状態で爆弾を炸裂されたのである。

ふくしま原発の後、人々はやたら放射能、放射能と騒ぐが、広島の人間は、原爆が落ちて少し落ち着くと、二三日の内に広島に入り、焦げた大地に野菜を作り食べたのである。

私の両親とも被爆者手帳を持っているが、殆ど普通の生活を送り83歳で亡くなった。

今や、広島は核物質の反対運動の要となり、8月6日は、まるで祭りである。

実際、反核祭りと書いた幟を上げて歩いている。

放射能は、なにもしなくてもこの宇宙に普通に飛びかっている、放射線である。

あまり騒ぎすぎると、理論的には放射能だらけの世のなかでは生きてはいけない。

動物は放射能と、適当に上手くつき合っていくのが正しいのかもしれません。

祭りも良いですが、もう少し静かに、この日を送りたいものです。

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2012年8月 3日 (金)

ただ生きる

八十後半くらいの、杖をついたお婆さんが私に言った。

私しゃあただ、息をしているだけよ、と

いやあ、それは、そんなに私とは変わりませんよ、と私。

私も、ただ息をして、喰う為に働いているだけ。

また例により、人生長く生きて100年、あの始皇帝、川に1000艘の船を並べ船遊びをしたと言うが、所詮最後は同じ。と話す。

ただお婆さんは、体調もあまり良くなく、生きるのがそんなに楽しくないらしい。

そこで、また例によって、人生殆ど、苦しいことばかり。生きると言うことは、まさに重い荷物を背負って歩くがごとくである。などと言う。

話は変わるが、あのロンドンブーツとか言う漫才師のあつしとか言う、輩は、

どう見ても、下品で鼻持ちならないのだが、芸能界の女性にモテるらしい。

何であんなかすみたいな男がモテるのか、よく分からない。

それとも、今の社会ではあんな男が良いのだろうか。

話は戻って、

お婆さんも、私も、大して変わりが無い。

ただ息をしているだけであるが、まだ夢はある。

夢なんぞは、気持ちの問題で、いくつになっても気持ちさえあれば、夢を追うことは出来るので、考え方を少し変えて、小さな夢を持ち一生涯追ってもらいたいものだ。

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