« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月29日 (月)

地球上の生命

殆どの人々は知っているが、地球上の生物は同じ生命体から発生している。

殆どの生き物は、動物、植物を問わず同じご先祖様から今日に至っている。

植物も立派に細胞分裂するし生殖までするのである。

植物を馬鹿にしてはいけない。人間の目で見るとえらくのろいが、早回しの画像の様に違う視点で見ればかなり早いのである。

あえて言うなら、地球の何十億年の時間から見ると、超早いのである。

生命の面白いところは、生まれると直ぐに自然界から排除する,すなわち生命体の形を崩そうとする力が働くことである。

すなわち、生まれた瞬間から自然から殺そうとされるのである。

そして、肉体的、精神的に痛めつけられ、どうにか耐え抜くと、100年近くは生きれるのである。

いくら耐え忍んで頑張っても、自然界はそれ以上の命はくれない。

人間は100年の時間を与えられている様だが、何をすればいいのかなかなか分からない。

ただ分かっているのは、無から生まれ、無に帰ることだけである。

宇宙時間からすれば一瞬の光のような時間だが、人はこの時間を小さな地球の上でああでもない、こうでもないと生きていくのであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月12日 (金)

金と力

愚痴のようになるが、つくずく現代社会では、金がないと馬鹿にされると思うこの頃である。

先にも書いたが、金持ちは偉い人で、貧乏人は馬鹿と思われる世の中なのだ。

過去には清貧と言う言葉があったが、今では死語になった。

まだ、ある程度年を重ねた者には理解出来るらしいが、若い人には無理らしい。

だから、どんな手段でも金儲けをしようとする者がたくさん出てくるのだ。

そこには、モラルなど殆どなく、儲けた者勝ちなのである。

どうやら、私は、小金を持つ身内に、関わりたくない者と無視されている様だが、心配しなくても、そんな輩に過去にも将来にも頼ることは先ずない。

ただ、人間の価値観が、あまりにも経済に左右されるのは、本当に寂しい世の中である。

| | コメント (0)

2014年9月10日 (水)

名声と地位

世の中、やはり地位や名声が無いとあまり世間に相手にされない。

同じ言葉を言っても、名のない者の意見は、軽く思われ、逆に地位と名声のある者が言えば、それは名言になるのである。

これは仕方のないことだと思っているが、これが身内までこうなると、寂しいものがある。

最近寂しく思ったのは、金持ちが偉いとか、タレントの意見が、まるで教祖のように褒める司会者等が多いことだ。

世に出ない者の言葉は、戯言に聞こえるらしい。

有名人イクオール偉い、金持ちイクオール偉いとなるらしい。

私の言葉も、いくら真心込めて言っても、ただの節介おじさんの、いらぬ戯言である。

言わねば良いのだが、つい、身内が可愛いので声が出てしまう。

こんな時、自分に地位と名声があればと思う。それと金。

だが、日ごろ、遠ざけてきた肩書きなので、今更愚痴っても仕方あるまい。

今後は、いらぬ節介は現に慎もう。

| | コメント (0)

2014年9月 6日 (土)

明日がない

何時も何気なしに生きているが、明日がないと言われたら、はて、どうしたものか。

人の一生長くて100年などと言ってはみたが、明日が無いと言われると、流石に慌てるだろう。

しかし、本当に、明日が無いかも知れないのだ。そう、事故で死ぬ人も実際にいるのだ。

ただ、ほとんどの人は、多分明日はあると事を疑わない。

明日が無いとすれば、この一分一秒が大切な時間なのだが、明日があると疑わないのだから、つい、だらだらと生きてしまう。

そのてん、野に生きるものたちは、今日を精一杯に生きる。

今日と明日の節目がはっきりしているのだ。

その時その瞬間を、命がけで生きているのだ。立派なものである。

| | コメント (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »