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2015年4月12日 (日)

星加勝久、星加家芭蕉と羅空

私の友人、いや親友が73歳で死んだ。

彼とは30年以上前に病院で知り合った。

不思議なもので病院に入院していると互いに利害関係が無く、まるで学校の同窓のように親しい関係を持つことが出来るのだ。

彼とは考えが良く似たところもあり、話が合い、互いに理解出来る数少ない人間だった。

彼の夢は陶芸を通して、一寸した芸術家村のようなものを創ることだった。

バサラ房、食房などを備えた場所である。

発想から数年後、甲奴の山に古い農家を見つけそこで第一歩が始まった。

私は大工道具を手にし、二人で農家を修繕して住めるようにした。

重機で農地を埋め立て窯場を創った。

私と彼は窯を作るのに、工場の古い解体する耐火煉瓦をもらうため、真夏の暑い中真っ黒なすすの中で煉瓦を解体しトラックで運んだ。

今までにその時ほど汗をかいたのはそれ以来無い。

まさに滝のように汗が出た。

その様にして、甲奴の山にまがいなりにも建物が出来上がった。

その時星加に請われてつけた名前が工房、羅空である。

羅空の意味は、空に網をかける、という意味である。

すなわち、形の無い空なるものに網をかけ取ろうというものである。

物事の本質は、形ではなく目に見えないものこそ大切なのである。

物質は時と共に消えていくが目に見えないものは永遠なのである。

それには愛とか、感情、また星加が人生の後半行っていた気功もそうである。

元来、物つくりの場所であったが、彼はなかなか焼き物を焼かず、もっぱら仙人の様に人に哲学を説いていたようである。

考えてみると、まさに最初につけた名前の羅空の園になった様だ。

幸いなことに、60歳を過ぎ彼には子供ができた。

二人の男の子である。

彼も千の風になり、子供たちを見守ることだろう。

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コメント

もう20年近く前のことと思います。
その頃は馬笑と書いてばしょうさんと聞いておりました。
たくさんのすばらしいお皿を安価で求めさせていただき、いまだに1枚も割ることなく、使わせて頂いています。力強い、ざくっとした作品が大好きです。
いつかまた訪ねたいと思いながらも、そのままになっておりましたが、亡くなられたのですね。とても残念です。
ご冥福をお祈りします。
このサイトをたまたま見つけ、馬笑さんのことを知ることができてよかったです。
ありがとうございました。

投稿: さこだはつえ | 2015年7月15日 (水) 14時21分

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