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2015年8月28日 (金)

社長になる人

長く生きていと、友人の中から出世する者、ほどほどの会社経営者になる者が出てくる。

共通しているとこがあり面白い。

先ずは、強い劣等感がエネルギー源であること。

中流社会育ちでは、なかなか反骨精神が育たないようで、家庭的に恵まれないとか貧乏育ちの者が多い。

世の中に対して、見返してやろうとする強い心があることだ。

どうしても、一つのことをやり抜く気概が必要だ。

出来なくても,出来ると言うはったりが言える奴。

出来ないからと、頼まれてあっさり断るようでは、いけない。出来なくても一旦仕事を引き受けどうにか、仕事をこなそうとしなければ駄目だ。

借金が苦にならない奴。

これは、全員にいえるが、借金を苦にせず、それを当たり前のように思う度胸。

彼らが幸せかどうかは知らないが、仕事が大好きなこともあげておこう。

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2015年8月23日 (日)

命の価値

よく菜食主義者が、生き物を食するのはどうも可愛そうでなどという。

しかし、地球上に生きる殆どの生き物は、同じ遺伝子を持ち、似たような細胞構造をしている。

つまり植物も、遺伝子があり、細胞分裂して大きくなるという原則は同じなのである。

命とは、地球上に生きる総ての生命体が持つ個々の時間なのである。

だから、葉っぱひとつでも、日々一生懸命生きている、それは個々の持つ時間であり、命なのである。

命の価値とは、総ての生命体にとって上下の無い同じ価値なのだ。

ただ、人間だけが特別の様だと、よく錯覚しているようだが、総ての生き物の価値は同じだと、よくよく考え、食べ物になる生き物に感謝しなければいけません。

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2015年8月20日 (木)

日本人教師の程度

決してすべての教師ではなく一部だと思うが、日本の教師がマレーシアに行き、その国の元上議員に、日本人がおこなったマレー人虐殺について聞いたそうである。

上議員は、マレーシアにはそんな事実は無いと答えたそうである。

上議員は、何故日本の教師は日本の良い習慣や伝統を教えることをしようとせず、昔の日本人は悪い人間だと教育しようとするのか理解出来ないと書いてあった。

戦後日本は、言論や思想,、総てにおいて政府が統制せず、外国のいかなる思想も自由に受け入れた。

国と国の戦いは表面的なものだけでなく、裏では思想や内部の政治革命を誘導する作戦をとるのだが、日本は何の規制も無く、まさにやりたい放題だった。

社会主義国による思想攻撃は、日本では学生運動に始まり、法曹界、マスコミ、教育界等に成果を得ている。

終戦後その運動資金は表には出ないが、かなりの金が動いた筈である。

かって日本がロシア帝国の弱体化を図るために、ロシア革命の有志に資本を与えたのと同じ原理である。

日本が国を守り、愛国と言う当たり前の言葉を使うと、右翼だと非難する風潮を、どこの国が喜ぶかよく考えてほしいものだ。

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2015年8月14日 (金)

宇宙の原則

川の水が小さな渦を巻く原理と、銀河系が渦を巻く原理は同じである。

原子核の周りを電子が回る原理も、地球が太陽の周りを回るのも同じ原理である。

宇宙に存在するものは、大小かかわらず同じ原理で動いている。

その原理で分かっていることは、時間とともに変化するということ。

そして、常により良い形が残されるということだ。

今日、人間はコンピューターを手に入れ、異常な速度で科学技術を進歩させている。

地球上では、他の生命体に圧倒的に差をつけて、まさに他に敵なしである。

地球という一つの物体の上に棲む生命体の中で、人間は何よりも強いがより良いものが、何であるか、それが果たして人間であるか、近頃疑問に思えてくる。

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2015年8月 6日 (木)

野に生きるもの達

自然の中では、殆どの生き物が自己責任で生きている。

それはこの世に生を受けたものの宿命である。

食い物を探し、子孫を育み、己の命は自分の命を掛けて守る。

これが、宇宙に生きる生命体の大原則である。

他の生命体が、他を助ける場合は、自分の命も連動して危ない時だけである。

野に生きる、小さな蟻や、鳥、どんな生き物も、決して自分の命が危ない時、他のものが助けてくれなくても、それが当たり前だと理解している。

私はそんな、野に生きる生き物達を、素晴らしいと思う。

人間は、宇宙に生きる生命体だと認識しなくてはならない。

人間は決して特別ではないことを、理解しなければならない。

近頃、自分の命は、誰かが守ってくれるの当たり前だと思っている人間が増えているようで、少し心配である。

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