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2015年10月31日 (土)

生き物達の話声

私は動物の顔や表情、動作で何となくその動物の思いが少しくらいは想像できるが、植物の思いはなかなか想像がつかない。

ある時、春だったか、散歩中に小さな花を見て、春で元気に咲いています、などと想像したことがあったが、なかなか周りの木々を見て生命の存在感を感じることが出来ない。

私の知人に随分歳の離れた93歳の方がいるが、彼は僕はよく感じるよと、言っていた。

私は、まだまだその領域まで達していない様だ。

しかし、間違いなくあるはずなのは、植物にも自然に対して何らかの喜びや痛みを感じている事だ。

よく人間は、感情などと言うものは高等な人間しかないなどといいたがるが、世の生物にはおそらく全て何らかの外界の刺激を感じそれに対処するする様に出来ている筈だ。

そうでなければ、生命は維持できず、進化もない。

だが、もし仮に全ての生命の話声が聞こえて来たら、やかましくてとても大変だろう。

まあ、きっと分からない方が良いのかもしれない。

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2015年10月25日 (日)

地球環境を守る

最近異常気象が多発し猛暑日が続いてもあまり騒がなくなった。

二酸化炭素による温暖化の影響は科学者の予想通り徐々に始まっているようだ。

二酸化炭素を出さない方法として有効なのは化石燃料の消費を抑えることである。

電力の消費を抑えることが出来ればよいのだが、近代社会において電力を抑えることは難しい。

風力発電、太陽発電、潮力発電、地熱発電等、化石燃料を使わない発電方法はあるが、消費が大きく、とても間に合わない。

長期的には原子力発電は反対であるが、数十年をスパンに早く稼動させなければいけない。

よく福島原発のことも言われるが、人類が宇宙から大量にエネルギーを摂取するときには、それなりのリスクが伴うものである。

地球環境を守るためには、省エネルギーによる地球に対する負荷を軽くすることが大切であるが、エネルギー消費は右肩上がりで、なかなか下がりそうにない。

前にも書いたが、人類はそろそろ生き方を見直す時期にきているのかもしれない。

経済学者は、人口が増えることを奨励するが、すでに自然は、地球上での人類のキャパシテイ超えていると遺伝子が認識し、精子の弱体化、出生率の低下等の現象がおきている。

環境問題の第一課題は、先ずは人口問題を解決し地球環境に合っ人口を検討しなければいけない。

小さな地球に、一体人間はどれだけ広がれば気が済むのか分からない。

経済学者と、ブルジョア、政治家に任せていれば、最後は地球全体を開発しかねない。

尤も、次は火星だと結構真面目に検討しているらしいが、なかなか彼らの欲望の夢は尽きないようである。

月から見た映像を見たが、地球は漆黒の宇宙に浮かぶ美しい星だが、なんと小さいこと。

世界中の人間たちが、早く小さな地球を守るという意識を持ってもらいたいものである。

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2015年10月17日 (土)

環境童話を書いて

環境童話を書いて十数年になる。

大きな玉子と光の玉子は、環境活動家の方と中国電力から絵本として出版し、絵本の朗読が中国放送からCDとして制作された。

それ以降は、なかなか進展がない。

環境童話は、自然を大切にする心を幼児期に育む事を目的書いた童話だ。

私は、環境童話を日本から世界に広めることで、将来の世界環境をよくすることが夢なのだが、夢が大きすぎるのか、なかなか広がらないようだ。

鈍感力というのがあるが、いちいち気に病んでいたらただ下向きに書き続けることなどできない。

まあ、それは良しとして、私は今後出来ることなら環境童話を100作創る事を目標にしようと思っている。

もうひと頑張りしましょう。

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2015年10月10日 (土)

立派な人

テレビで見たのだが、涙が出るほどの立派な日本人がいた。

エイズの薬を世界で初めて作った人だ。

他人のために危険な病気に命がけで薬を開発したのだが、アメリカで開発したせいで、金権主義の国だから、当然高い特許料をとり、薬は出来たのだが一般の低所得者に破格の値段になり買えない薬になったのだ。

彼はこの現状を見て、今度は自分自身で新しいエイズの薬を開発し、特許権をアメリカの国に提供し自分は一切特許権を得なかったのだ。

大金持ちになれたろうに、彼は本当に貧困者のため万人のために特許を放棄したのである。

多くの見返りを求めず、下向きにこつこつと努力する。正に日本的な科学者だ。

昨今ノーベル賞で騒いで、文学賞に有名作家を推しているいるようだが、彼ほど恵まれた者にどうしてノーベル賞を与える必要があるのか疑問である。

もっとも、選考委員も私と同じ意見らしく、選考はされなかった。

ノーベル賞は、先に言った彼のような者こそ受賞すべきである。

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2015年10月 3日 (土)

ひさびさの試験

さてさて何十年ぶりかの試験を明日受ける。

多分大丈夫と思うが、これだけはやってみなければ分からない。

小説や童話は書いていても、評価や結果はなかなか出ないが、試験は努力の結果が明白に現れる。

私の好きな言葉に人事を尽くして天命を待つと言う言葉があるが、試験ほど分かりやすいものはない。

さてさて、どうなることやら。

良いときは報告し、ダメな時は無かった事にしよう。

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