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2017年6月22日 (木)

元首の意向

国家国民が民主主義議会において選出された元首の意向が行政に反映されることは、通常の国家では余程違法かつ悪意が無い場合はある程度当然おきる事であり、どうしてこれほど騒ぐのか不思議である。

また百万円の偽札束を持つた男にマスコミが駆け寄り、真剣に話を聞きそれを辱めもなく放送する姿勢には怒りを通り越し情けなくなる。

獣医学校の話も、まさにその通り。内閣府の意向を忖度したのに間違いないだろうが、もし、こんなことにいちいち気にしていたら、政治家は何も出来ない。

これでは政治家は常に誰にでも平等にとか、一割の人の意見も決して反故にしないとか、彼は知りあいだから意見は聞けないとか、何にも出来ないただの官僚になってしまう。

殆どの人は、世の中はそんなものだと多くの大人は知っているし、マスコミの者も知っている筈なのだが、どうも建て前ばかり言っている。

日本の社会ももっと成熟した大人の社会になって欲しいものである。

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2017年6月 8日 (木)

幸福感

よく例えられるのだが、コップにジュースが半分入っている。

あるものは、後残りが半分しかないから残念。

あるものは、後残りが半分もあるから大丈夫。

この感性が幸福感の気の持ち様で変わると説明する。

しかし心理学者はそうは簡単にはいかないと言う。

はいはい、成る程そうですかといけば、この話を聞いた者は全員幸せになれる筈だがそうはいかない。

生まれた環境、現在の環境、個人の精神状態の育成度により、分かっていても素直に心に入って来ない。

これを直すには、天地が逆さまになるくらい困難なことだ。

多分催眠療法で過去に遡り過去のカオスを探し出し抜本的治療をすれば良くなるだろうが、殆どの者はそのままの感性で一生を送ることだろう。

私の場合は、おそらく真中くらいかも知れない。

何故なら、私の宇宙観が宗教的には、無の思想に近いからだ。

ただ言えるのは、被害妄想的な生き方をすることだけは決してしてはいけないという事だ。

せめて、毎日眠る前に嘘でも良いから、今日は一日終って幸せだったと言うべきかも知れない。

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2017年6月 2日 (金)

政治家の忖度

マスコミや野党は、政治家の忖度はいけないとやたらと騒いでいるが、政治家とは国民のから陳情されそれを行政に反映することが仕事である。

つまり、その為に選挙運動に協力し政治家が当選すれば、陳情に行くのである。

これは国家組織が出来上がったころから当然のことなのである。

これでは政治家は陳情されても何もできず、話は聞くことは違反ですし何も力になることは出来ませんなどと言うしかない。

果たしてこれで良いのだろうか。

国民もあまりマスコミの正義とか野党の絵に描いた餅の様な話に惑わされ過ぎるのでないだろうか。

例えば政治家が、新しいことをやりたいと言い、それを推し進めるのに行政を動かせば、政治家の忖度が在ると言って、マスコミに叩かれるのだろうか。

こんなことをやっていると、良い政治は出来ない。

日本は、本当に新しいことが出来ない国になってしまう。

マスコミの諸君は、本当に日本の将来を観た報道をしてほしいものだ。

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