2009年12月 5日 (土)

生命体の快感

生命体には、食べた後の満足感、性欲等の欲求を満たされると、とても良い気持ちに成るように出来ている。

これは明らかに、生き続ける宿命を持つ生命体を継続させていくための遺伝子のからくりである。

しかし、そんなことは理解しているつもりであるが、これに負けるのが凡夫の自分である。

単細胞生物から、今日に至るまでに、多くの遺伝子がこの快楽を餌に、生命体の糸を継承させてきたことだろう。

全宇宙の生命体も多分、似たような遺伝子を持ち、生命体の糸をどれだけ長く継承させるかを切磋琢磨して進化するのが原則であろう。

植物には感情は無いと言う者がいるだろうが、多分、枯れかけている植物に水を与えれば、何某かの快感を与えるだろうと予測する。

多分、宇宙人も食べれば嬉しいし、生殖行為も快感に違いないだろう。

高等な思考をするためには言語が必ず必然であるが、宇宙人は、美味しいと言葉をどう言うのだろうか。

聞いてみたいものである。

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2009年8月17日 (月)

ダークマター内における宇宙精神

宇宙の真空状態と思われていた場所には、ダークマターという物が存在することが最近分かってきた。勿論それが何かは分かっていないが有ることだけは分かってきたのである。

私は精神とか、思考等は脳の中の電気反応のネット化で表せるのだから、精神と思考する時には電波に近い物が発生すると推測している。

したがって、その電波を仮に念波と名付けると、その念波は思考の度に発せられ、その念波は宇宙を飛び交っていると推測される。

一度発せられた電波が宇宙空間を永遠に跳び続けるよううに、念波も永遠に跳び続け、その念派による思考の波動は、空間の中で交錯し宇宙に存在し続けると思われる。

その空間、ダークマターには宇宙の念波が時空を越え存在し続ける。

私は今その念波の初起点について考えている。

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2009年7月19日 (日)

宇宙生命体における植物の脳1

私は近頃宇宙生体という課題について自分なりに色々考えている。

宇宙における生命体とはどういうものなのだろうかという素朴な疑問から始まっているのだが、今のところ宇宙における物質の組成元素の共通性、また原理原則の共通性は想像出来ている。

私は単細胞生物から始まり多細胞生物に変化していく生命体においての植物と動物の違いを考えるにつき次のことに気づいた。

多細胞生物は、その進化の過程で細胞間の連絡手段として神経系等を発達させ、その中枢として脳を創った。

しかるに、多細胞生命体である植物には何故脳がないのか、はなはだ疑問である。

この疑問に対しやっと私なりの結論が出た。

動物は多細胞生命体に進化する過程において、その性格性つまり動くという反応に対応するため反応の早さを追求し、神経系と脳が必然であったということ。

植物においては、逆にその反応の早さを要求せず、むしろそのあまり動かないという特性を進化させ、地球上にてその遺伝子を継続してきたのである。

したがって、植物には動物でいう脳が必要なかったのである。

では、植物はどうしてこの激しく変化する地球環境にも即応し対応して生き残れたのか。

私は生命というものは、単細胞生物であっても、それはそれなりの一個の生命体であり、それなりの霊体が宿るもの、つまりスピリツがあると思っている。

私は植物ににおいての脳とは、植物全体が担っているのだと推測している。

すなわち、植物には脳という特別な器官は必要なく生命体全体で感じ反応すると云うことである。

よく植物に音楽を聴かせると良く育つとか、愛情をもって育てると良く育つというが、此はごく当然の反応だと思われる。

植物には、人間のような脳は無いのでどう反応しているのか物理的には分からないが、多分植物はその全体ので何某らの答えを出しているのかもしれない。

そう思うと、植物を見る目が変わってくる。

伊勢神宮のあの大木が、何を語るか聞いてみたいものである。

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